少し登って、入って来たブーレの門を。 この下を降りて行くと、メインのチケット売り場。 ブーレの門は、パルテノン神殿を守る前門を警備目的にし、 AD280年頃にローマ人が作ったもので、発見した考古学者がブーレ。 右手にあるのはイオニア式の柱が並んでいるアテナ・ニケ神殿。 ペルシア戦争の勝利を記念して、BC427年に着工。 勝利の女神ニケは翼のある女神だけど、勝利をここに留めるために、 わざと翼を外したニケ像を飾っていたのだとか。 オスマントルコ時代に壊されたものを、ギリシャ独立後に 破片を集めて再現したもの。
登っている人が沢山見えた。イ・ソジンも上から見ていたっけ。 この丘は、アテナイ政治の牙城で古代ローマでは元老院のような 役割をした場所なんだそうだ。アレオパゴス会議あるいは評議所。 ローマ人達は、この岩山をマルスの丘と呼んだそうで、南側は険しいが 北側はなだらかなので、登る人も多い。アクロポリスがよく見える。 ソクラテスやプラトンが議論を闘わせた場所みたいで、 使徒パウロが演説をした場所としても知られている。古代史で出て来た 昔の偉人がいた場所に、まさにいるんだなぁと思った。 音楽堂近くからも写した写真があった。アクロポリスの写真は この丘から写したものが多いみたいだ。 階段からよく見えたアテナ・ニケ神殿。小さいけれど、綺麗な神殿。 前門(プロピュライア)は、紀元前5世紀にペリクレスの指揮の下で建設。
ずっと気になっていた丘はフィロパポスの丘。海まで見えた。
やはり気になるリカヴィトスの丘。 ビルではない一般の民家は、どこで見かけても、同じ瓦の色で 最後に、エレクティオン神殿。BC421~BC407に完成したとされている。 エレクティオン神殿の前に雑多に置いてあるように見える瓦礫が もうすぐ日暮れ。海まで見渡せるアクロポリス@高い丘の上の都市。 さて降りるかな…と前門に向かうと・・・ みんながここで写真を撮っていた。遠く海まで見渡せる中、 夕暮れ時の街と、まだ沢山の人が登っていたアレオパゴスの丘。 再度ブーレの門を抜けた所にいたこの子。ほぼ全員が通る場所だけど 帰りは、メインの入り口へ降りた。8時までなので、もう入る人は 夕暮れの光に照らされた神殿。さて、続きは次のpartにて。
by andegenni
| 2017-05-26 06:00
| 2017ギリシャ・ドバイ
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